それは10年前のことであった。
七片藍は若くして死病患い(インフルエンザ)の身となっていた。

しかしそこに、電脳薬師ねこひげが復活せしめた究極の妙薬!!



缶。
古い書物を紐解けば、その存在は歴史の闇へひた隠しにされて来た秘薬であると云う。
かつてそれを所有する者には、永遠の生命すら約束されていたとも伝えられる。
今こそ我が手に!

病魔を捻じ伏せ、再びこの世界にモンスター千年王国を築くべく、
七片は同志ねこひげの傑作を処方するのであった。
聞けば彼の粋な計らいにより、キュートな アンテナ娘が訪れると云うではないか。

厚さ77mm鋼鉄製扉がノックされた。

「ギギギギギギ・・・・」

小柄だが、美しい少女だ。
ややあって少女は口を開いた。



「お兄ちゃん」の一言に一瞬心地よい目眩すら覚えた。
私の趣味を知ってか知らずか、少女は「柏木(ピー)音」と名乗る。
か細い指がしっかりと宛われた円筒形の物体は、金属性のようだ。
側面には見た事の無いような有るような、極めてワザトラな面妖装飾が施されている。

これが伝説の桃缶か!
少女も 長旅で疲れたであろう。 
私は少女を屋敷の中へと招き、執事を呼びつけ茶を薦めた。

一息入れると、少女が席を立つ。
床に伏せった私の傍らまで歩み寄って来た。
どうやら薬の処方を手助けしてくれるようだ。

好意を無駄にするつもりは無い。
私は彼女に任せる事にした……が、



この状況をどうしろと云うのだ。
伝説の秘薬は復活したが、それを使う事は叶わない。

少女も困惑している様子だ。
それ以上に私はやりきれない気分になった。
まさか この段階で特別な器具が必要になるとは。
同志よ……不覚であったな、お互いに。

一室にお寒い空気が漂う中、私はこれがパンドラの箱であるかも知れないと悟った。
そう、伝説は伝説のままでいいのだ。

朦朧とする意識の中で私の瞳に映るのは、
バツの悪い表情を浮かばせる少女であった。
私は執事を呼びつけ、少女に短刀を持たせて同士のもとへ送るように云った。
同士の邸宅では、その顔に泥を塗られた少女によって数時間後に血の雨が降るであろう。

長き乱世を恐怖の淵に陥れる悪魔、その名はインフルエンザ。
悔やむまい、恨むまい、驚く事もない。
大いなる野望を阻むのは、いつでも小さな障害なのだから。





結局 治らんのか!

(絵・ねこひげ    おはなし・七片 藍)

桃缶は使用上の注意をよく読み、
用法・用量を守って正しくお召し上がり下さい。

電子レンジでの加熱は容器を破損する恐れがあります。
また幼児の手の届く所に置かず、常温もしくは冷蔵で保存して下さい。
なお、お買い求めの際に医師の処方箋は全く必要ありません。
最寄りの食品店、ギフトショップ、百貨店、青果市場などでお求めになれます。

お召し上がりの際は、
缶切りが必要です。
間違っても刃渡り30mm以上の刀剣類、鉄パイプ、金属バット、
念力、電波、呪文などによる乱暴な開封は行わないで下さい。
あまつさえミサイルを用いるなどもってのほかです。

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